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【保存版】 親がゲストが涙した…“花嫁の手紙”実例7通

披露宴で会場を感動の渦に包み込む「花嫁の手紙」。大切な人への感謝の気持ちや、これからの抱負などを改めて伝えることができる演出の一つです。
今回は、編集部が厳選した「花嫁の手紙」7通の事例をお届けします。
思春期の葛藤や、大人になってわかった親への感謝の気持ちなど、先輩花嫁の気持ちに自分の思いを重ねて読んでくださいね。

【実例1】大人になって気付くたくさんの愛情にありがとう

はづきさんの手紙

アルバムにたくさんの書き込みをされていて母の愛情を知る花嫁
挙式で花嫁の手紙を読む花嫁
父とバージンロードを歩く夢をかなえた花嫁

お父さん、お母さん、27年間今日まで本当にありがとうございました。今日というこの日を迎えることができたのも、今まで二人が優しく、温かく、時に厳しく大きな愛で私を見守ってくれたおかげです。心から感謝しています。
私が生まれた時、二人が理想としていた娘に今なれていますか?私たち、きょうだいは年子でなおさら大変だったと思います。

お父さん、小さい頃から大切に育ててくれ、たくさん一緒に遊んでくれたおかげで寂しい想いをすることなく過ごすことができました。
小学生の頃「はづきちゃんのお父さんカッコイイね!」とよく言われ、すごく自慢のお父さんでした。私が大人になるにつれ、口数は少なくなりましたが、心の中では心配してくれていたり、喜んでいてくれたりしていたのは知っていました。

物心ついた時からの“バージンロードをお父さんと歩く”という夢を今日叶えることができてとても嬉しいです。ありがとう。
結婚の報告をした時、私のことをすごく心配し、真剣に話すお父さんを見て改めて愛情を感じました。今では、仕事が忙しく朝早くから夜遅くまで働くお父さんが心配です。たばこはやめて体を大切にしてください。

お母さん、結婚式の準備でアルバムを見返した時、アルバムにたくさんお母さんが描いたイラストが貼ってあり、大きな愛情で育てられたことが伝わってきました。中学生から高校生の頃、いろいろ言ってくるのが、うざいと思う時もあって反抗したり、八つ当たりしたりしてごめんなさい。今では、それが愛情だったんだと大人になってから気付きました。

私がやりたいことに一度も反対せず、何でもやらせてくれたお母さん。私が初めて転勤した時、仕事でつらいことがあり連絡をした時に「いつでも帰ってきな」「頑張ってね」と言ってくれた時、お母さんは私の味方なんだと思うだけで嬉しく、涙が溢れ仕事を頑張ることができました。今まで自分に費やす時間もなかったと思うので、これからは自分の為に時間を費やしてください。また、日帰り旅行に行こうね。

二人はよく「今まで、何もしてあげられなくてごめんね」と言いますが、私は一度もそんなふうに思ったことはありません。
初めて一人暮らしをし、自分の力で生活をすることの大変さを知った今、ここまで大切に育ててくれたことだけで感謝の気持ちでいっぱいです。たくさんの愛情をありがとう。生んでくれてありがとう。二人の娘に生まれてこれて幸せです。

私はお嫁に行ってしまいますが、二人の娘に変わりはないので、これからもよろしくお願いします。本当にありがとう。
<略>

[写真]結婚式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁 はづきさん(2枚目)、お父さんとバージンロードを歩く夢を実現(3枚目)

【実例2】病の時も手のかかる私を支えてくれてありがとう

りりぴさんの手紙

病院に運ばれた先輩花嫁を支える両親
挙式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁
幼少期の先輩花嫁と父、兄

『<前略>
お父さん お母さん

「花嫁の手紙は恥ずかしいから読まないで」お母さんはそう言っていました
私も今さら手紙を読むなんてできないと思っていました
でも 面と向かって気持ちを伝える機会なんて 今日を逃してしまうと それこそ恥ずかしくてつくれません
なので今まで言えなかったことを伝えたいと思い 感謝の気持ちを手紙にしてみましたので聞いてください

小さい頃は と言うか生まれた時から手がかからない子どもだったとよく聞いていました
式の近くになって話した時も 本当に手がかからなかったと言ってくれて 少し自分が誇らしく思えました
病院通いもなく元気に過ごしていたみたいですね

小さい頃の長い休みの時は お父さんの運転で 車で多くの場所に遊びに 旅行に連れて行ってもらいました
<中略>

そして お母さんとはちょっとしたことで互いに機嫌が悪くなったりもしましたが 家族の中で一番多くの時間を一緒に過ごしてきました
料理や家事全般は お母さんを見て覚えた感じかな
<中略>

そんな自分ですが 中学1年の夏に体調を崩し そこから一気に 手のかかる子どもになってしまい 心配ばかりかけていたと思います
自分ではうまくできなかった注射を 看護師でもないお母さんに 毎日打ってもらっていました
そのおかげで今があると思っています

デパートでのアルバイト中に 意識がなくなって倒れた時 気が付いたら病院に運ばれていました
その時も お父さんお母さん二人して 車で飛んで来てくれて 目が覚めた時はすごく安心したというか とても感謝しています

途中から手のかかる子どもになってしまいましたが 今ではやっと医学が発達し 完治はしないけれども 注射に代わるものも出てきて 少し楽になったのでもう安心してください

そんな私も Hさんと 2018年11月に婚姻届を提出し 今日 2019年3月31日に S神社で結婚式を行いました。
それでも いつまでも二人の娘であることに変わりはありません
今まで本当に ありがとうございました
これからも ずっと心の支えでいてください
<略>』(原文ママ)

[写真]結婚式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁 りりぴさん(2枚目)、お父さんとお兄さんと写る2歳ごろのりりぴさん(3枚目)

【実例3】早くに亡くなった父と支えてくれた家族にありがとう

真友子さんの手紙

父の愛情のおかげで素敵な人と出会い結婚できることを感謝する花嫁
幼い頃、父に肩車をしてもらっている先輩花嫁

<前略>
24年間育ててくれてありがとうございました。無事今日という日を迎えることができたのは家族のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいです。

お父さんへ
今日という日を一番迎えたかったのはお父さんだと思います。
私がお父さんと一緒に過ごすことができたのは2年間でした。
たくさんの愛情を注いでくれたんだと思います。そのおかげでこうして素敵な人に出会い、結婚することができました。ありがとう。これからもずっと見守っていてください。

お母さんへ
反抗することの多かった私をここまで育て上げてくれてありがとう。
高校まで部活を続けることができ、専門学校に行くことができ、何不自由なく、生活することができたのは全てお母さんのおかげです。
私が幼い頃苦手だった料理。
厳しくも優しく教えてくれたおかげで、こうして今困らずに生活できているんだと思います。本当にありがとう。

そして、お父さん代わりとして育ててくれたおじいちゃん、おばあちゃん。
どんなに部活の試合会場が遠くても駆け付けて応援に来てくれたおじいちゃん。
いつも優しい言葉とあったかい料理で迎えてくれるおばあちゃん。
そんな二人が大好きです。

これまで大切に育ててきてくれた家族の元を旅立つ寂しさはありますが、これからはKさんと一緒にしっかり歩んでいきます。
どうぞこれからも見守っていてください。

Kさんのお父さん、お母さん。
初めて家に行った時、温かく迎えてくれたこと、今でも覚えています。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
こうして今日を迎えることができたのもご列席くださった皆さまのおかげです。
まだまだ未熟な私たちですがどうぞ温かく見守ってください。

[写真]お父さんに肩車をしてもらっている9カ月ごろの先輩花嫁 真友子さん(2枚目)

【実例4】誰よりも愛情深いママの娘で良かった

moeさんの手紙

挙式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁
幼少期の先輩花嫁。母と2歳上の姉と

ママ、今日まで大切に育ててくれてありがとう。32年の間にたくさんの思い出ができました。

家事や仕事のこと、人との関わり方、そして私が何より大切にしている季節のことや食べること、事あるごとに「どういう意味?知らないから教えて!」と自分で調べる前にママに聞いていましたね。
これは一人暮らしをしてからも変わらず、いきなり電話をかけてはアドバイスをもらっていました。
いつも一方的な質問や疑問に対してママから「わからない」と返ってきたことは一度もありません。私にはこの年でもいまだにわからないことがたくさんあるので、かげでママのことを「歩く広辞苑」だと思っています。

私が悩んでいる時にはいつも一番の理解者であり、味方になってくれたママは、時に私の欲しい言葉ではなく厳しい意見もありましたが、今ならそれが私のためだったとわかります。
<中略>

進路に悩んでいた時も「4年間大学に通って、卒業してからこの学びは何か違うなと思ったらそこからまた違う大学や専門学校に通えばいいんじゃない?長い人生を振り返った時にその時のたった数年の苦労は案外覚えてないものです。お母さんはあなたたちがしたいこと、選択肢を増やすそのために働いてるんだから好きなことをしなさい」と言ってくれたことは今でも私の心の支えになっています。

この日本で女性が子どもを育てながら働き続けることが、そして子どもを大学まで進学させ社会に出すことがいかに難しいことなのかを自分が社会人を経験し身をもって感じています。

社会に出るまで自由に学校を選ばせ、勉強をさせてくれ、そのおかげで海外に目を向ける機会にも恵まれ、今日来てくれている私のこの先の人生に必ずいてほしいと思える大切な方たちにも出会え、愛してやまない会社にも巡り合えました。

強く、誰よりも愛情深いママの娘として生まれ、せーさんの妹として育ち、芙風ちゃんの姉として生きてこられた過程は、私の人生の大きな経験であり財産です。

お父さんがいなくて寂しいと思ったことはありますが、つらいと思ったことは一度もありません。それはママが私たち3人の人生をこれまで全力で背負ってきてくれたからだと思います。
生まれ変わっても必ずママの子どもに生まれて、Mさんと出会い、H家の皆さんと家族になりたいです。
今まで大切に育ててくれてありがとう。これからもよろしくね。
<略>

[写真]結婚式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁 moeさん(1枚目)、お母さんと2歳上のお姉さんと写る生後6カ月ごろのmoeさん(2枚目)

【実例5】いつも私の一番の理解者でいてくれたお母さん

kanaeさんの手紙

喧嘩をして家を飛び出した先輩花嫁に心配のメールを送る母親
挙式での先輩花嫁と母親
幼少期の先輩花嫁と母親

<前略>
お母さん。今まで長い間、本当にお世話になりました。手紙なんて書いたことがなかったけど、今日は感謝の気持ちを伝えたくて、手紙を書きました。

お母さんとは親子でありながら友達のような関係でしたね。毎日晩ご飯を食べながら今日あったことを話したり、ランチへ行ったり飲みに行ったり。一緒にライブや旅行にも行ったね。ドレス選びも毎回付いてきてくれてありがとう。思い返すと本当にたくさんの思い出があります。
いつも明るくて、誰とでも仲良くできるお母さんは、私の友達とも仲が良く、友達が泊まりに来て、私が寝てしまっていても喋(しゃべ)っていることもありましたね。

みんなにお母さんと仲良しで良いなぁって言われても恥ずかしくて、いつも「そんなことないで」と言っていたけど、本当は嬉しくて、自慢のお母さんでした。

そしてお母さんはいつも私のことを信じてくれました。だからお母さんには嬉しかったこともつらかったことも何でも話せました。
どんな小さな悩み事にもきちんと向き合ってくれるお母さんの存在はとても大きく、私の一番の理解者でした。ずっと私を支えてくれて本当に感謝しています。

そんなお母さんについ私は甘えてしまい、きつく当たったり、思ってもいないようなことを言ってしまったこともありました。本当にごめんなさい。
そんな時も、謝りたいけど素直になれなかった私の気持ちを察して、メールをくれたり、家へ帰れば何事もなかったように温かく接してくれたこと感謝しています。
<中略>

家族の元を巣立つ寂しさはありますが、これからは、Rさんと一緒にしっかりと歩み幸せな家庭を築いていきます。
そして私もいつか、母になる日が来たら、お母さんのような母になりたいです。お母さんの娘に生まれて、私は幸せでした。今まで30年間、私のことを大切に育ててくれて、本当にありがとうございました。

[写真]結婚式での先輩花嫁 kanaeさんとお母さん(2枚目)、3歳ごろのkanaeさんとお母さん(3枚目)

【実例6】さまざまなことを乗り越えた家族の絆

chiiiiiさんの手紙

幼少期にソファーで団らんする先輩花嫁の家族
挙式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁

<前略>
お父さん、お母さんへ
今日まで大切に育ててくれてありがとうございました。
感謝の気持ちを伝えるに当たって、お兄ちゃんのA君のことなしに、S家は語れないですね。2つ年上のA君には自閉症、知的障害がありました。小さい頃から妹なのに、お姉ちゃん役。同級生から聞く、A君への差別の言葉。せっかくの家族旅行も、いつもと違う環境にA君は大パニック。そんな環境に耐えられず、18歳の春、大学進学を機に私は大分を出ました。

障害が嫌だったはずなのに、選んだのは福祉系の大学。
そこで出会った人たちはね。障害とは何か、そしてソーシャルワークを教えてくれた大学の先生。高齢者や障害がある方に寄り添い、差別をすることなんてなく、私のことも仲間として受け入れてくれた、N会のみんな。

そんな大切な人たちとの出会いのおかげで、私はやっと自分の家族を受け入れることができました。そしてやっと気付いたよ。

家族旅行でのA君の大パニック。周りの人から向けられる白い差別の目。私は心が痛かったけど、それ以上に心が痛かったのは、お父さんとお母さんだったんだよね。それでも毎年、家族旅行に連れて行ってくれてありがとう。

お父さん、A君のことがあっても、まずは私自身が幸せになるために自分の人生を選択しなさいと言ってくれたこと、そしてお父さんもお母さんもそれを一番望んでいるからと言ってくれたこと、本当にありがとう。

お母さん、障害があるA君を産んだ後、私を産むことがどんなに不安だったろうと思います。それでも、お母さんが産んでくれたおかげで、ここにいる大切な人たちと、そしてかけがえのないMさんというパートナーと出会うことができました。本当にありがとう。

いろいろ大変なことはあったけど、それを乗り越えた家族がどうなるか、私は一番よく知っています。これからはMさんとふたりで頑張っていきます。
<略>

[写真]結婚式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁 chiiiiiさん(2枚目)

【実例7】学校嫌いな私を諦めずに見守ってくれてありがとう

misonoさんの手紙

挙式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁
幼少期の先輩花嫁と姉妹、父

お父さん、お母さん、まずは今日、家族みんなでこの日を迎えることができ、本当に感謝しています。
上京して8年になりますが、家を出る時にお礼も言えないままだったので、この場を借りてお手紙を読みたいと思います。

私は子どもの頃から学校が嫌いで、お部屋に閉じこもったり、学校を抜け出したり、お父さんによく叱られました。
お母さんは「一緒に休もう」と長期休暇を取ってくれたこともありました。

高校に入ってからは叱られることは一切なくなりました。
でもお父さんお母さんが何度も高校に呼び出されていたと、大人になってから知りました。
何も話さない私に、言葉を掛けられなかったと思います。

今日初めてお話ししますが、私を変えてくれたのは大学生活です。
大学では自分のお給料を使って学ぶ社会人の方、進学が難しい時代を生きていたご高齢の方など多くの出会いがありました。
お父さんお母さんのお金で、自由な大学生活を送る私とはまったく違いました。

そんな環境に身を置いて、学校で学べることがどれほど幸せなのかを知りました。

振り返ると、お父さんは担任の先生にも驚かれるくらい進路の情報を集めてくれて、親身になってアドバイスをくれました。合格発表には必ず足を運んでくれて、誰よりも家族想いです。
お母さんは私たちが学びたいだけ学べるよう、共働きで頑張ってくれました。専業主婦が多い時代だったので、私には想像もできないほどの苦労があったと思います。

学校嫌いな私を諦めずに見守って、大学まで通わせていただき、本当にありがとうございます。

今日は結婚という節目を迎えました。
これまで頂いてきた愛と感謝を忘れず、これからはMさんと手を取り合い、温かな家庭を築いていきます。
Mさんは誰にでも優しくて、向上心を持って引っ張ってくださる頼もしい方なので、安心して見守っていてください。

お父さんお母さんも、いつまでもお元気で、大好きな旅行を二人で楽しんでください。

今日まで本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。

[写真]結婚式で花嫁の手紙を読む先輩花嫁 misonoさん(1枚目)、お父さん、2人のお姉さんと一緒の1歳4カ月ごろのmisonoさん(2枚目)

From 編集部

これまでを振り返りながら、手紙をしたためて

いつもは恥ずかしくて伝えられない「ありがとう」や「大好き」の気持ちを素直に伝えることができる「花嫁の手紙」。何を書いたらいいかわからないという人も、先輩花嫁の事例を参考に、アルバムを見返したり、これまでを振り返りながら大切な人への気持ちを込めて書いてみては。あなたの気持ちはきっと聞いている人に伝わるはずですよ。

構成・文/RIE☆ イラスト/篠塚朋子
※掲載されている情報は2020年7月時点のものです
※記事内のデータならびにコメントは、2020年5月に「ゼクシィ花嫁会」のメンバー96人が回答したアンケートによるものです

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