

世界中の王侯貴族やセレブリティに愛されるブシュロン。ハリウッドやカンヌなどの映画祭では、ブシュロンのジュエリーを身に着けた女優たちがレッドカーペットを華やかに彩る。その美しい輝きは、今も昔も多くの女性たちの心をつかんで放さない。

高級ブランド店やホテルが軒を連ねることで知られるパリのヴァンドーム広場。ひと際目を引く数々の高級宝飾店の中でも、最も早くこの地に出店し、最も大きく美しい店舗を構えるのが、ブシュロンだ。
ブシュロンは1858年、フレデリック・ブシュロンによって創業された。彼はその時まだ28歳の若者で、最初はパレ・ロワイヤルにブティックを構えた。才能と先見性、ビジネスマンとしての才覚を持ち合わせたフレデリックは、ブシュロンを世界に冠たるハイジュエラーへと成長させていく。
ブシュロンが得意としたのは、スネークやカメレオンなどの動物、花や葉、雨粒などの植物に代表される自然をモチーフにしたアール・ヌーボー様式のジュエリー。1878年には木の葉をモチーフにした「フォーリッジ」ネックレスで、パリ万博のグランプリを獲得し、その名声を世界中にとどろかせることとなった。
1893年、フレデリックは新しいブティックをヴァンドーム広場26番地にオープンさせる。そこは広場の中で最も日当たりがよい場所だ。ウインドーに飾られた宝石が最も美しく光り輝く場所を選んだと、のちに伝説として語られるようになった。

ヴァンドーム広場に開店した当時のブシュロン。最も日当たりのよい場所に、威風堂々たる店舗を構えた

ブシュロンのウインドーの前では、多くの女性たちがその美しく輝くジュエリーに釘付けになっていた(1900年ごろのイラスト)

ヴァンドーム広場に立つブシュロン・パリ本店。最上階は職人たちのアトリエとなっている。眺めが良く日当たりのよい場所をアトリエにしたのは、ブシュロンが職人を大切にしていることの現れ。フレデリックはまた、ジュエリーを発表する際には尊敬の念を込めて職人の名前を付記することもあり、これは当時では非常に珍しいことだったという。
職人たちはアトリエで最低でも12年の見習い修業を積んで一人前となり、ほとんどの人が一生をブシュロンのジュエリー作りに捧げる。ブシュロンを象徴する優れた技術と高いデザイン性、時代を先取りする革新性は、こうした職人たちにより着実に育まれ、継承されていった。これがブシュロンを今も昔も時代を代表するジュエラーとして輝かせている大きな要因のひとつだ。
高い技術によって生み出された美しいジュエリーは、世界の王侯貴族に愛された。ロシアのアレクサンドラ皇后やイギリスのエリザベス王太后は、ブシュロンのティアラを生涯愛したことで知られている。また、イランのパーレビ国王は、国家財宝を全てブシュロンに鑑定するよう依頼し、のちに財宝管理人にも指定した。

万博でグランプリを受賞したサファイアとダイヤモンドの「フォーリッジ」ネックレス。ブシュロンの高いデザイン力や技術力の結晶といえる

ブシュロンのティアラを身に着けたロシアのアレクサンドラ皇后(後列右)

このティアラは婚約の日にニコライ2世から贈られたもので、皇后はその生涯にわたり愛用したという

ブシュロンは高品質の宝石しか扱わないことでも有名。この姿勢は創業当時から変わらず、貴重な宝石が見つかればまず真っ先にブシュロンに持ち込まれるといわれるほどだ。その評判を一手に担うのが、宝石鑑定と宝石購買のディレクター(通称ストーンハンター)のティエリー・ロベール。彼は親子2代でこの仕事につき、ブシュロンのジュエリー作りを根底から支えてきた。
数々の宝石の中でも、ダイヤモンドにはとくにこだわりを持つ。ブシュロンの商品に使用するダイヤモンドは、独自の品質規格によって選ばれるため、「ブシュロンのダイヤモンドは、ほかとは輝きが違う」と、驚きを持って語られることも多い。こうしたクオリティーの高さはブライダル・コレクションにもいかされており、世界中のセレブやファッショニスタにも愛用者が多いことで知られる。
ハイクオリティーなジュエリーはもちろんのこと、店舗設計や接客サービスに至るまで完璧を求め、人々を魅了してきたブシュロン。その姿勢はこれからも揺らぐことなく、ジュエリー界をリードし続けることだろう。

ハイジュエリーのコレクション「ジュ ドゥ セデュクション」。「誘惑の駆け引き」というネーミングの通り、女性を輝かせる魅惑的なデザインが特徴

ブシュロンを代表するジュエリー「キャトル」。4色のゴールドとモチーフを巧みに組み合わせたデザインがスタイリッシュ